旅立ち

2025年12月28日(日) 午前6時7分 愛犬 みかん が先住犬りんごの元に旅立ちました。

土曜の7時頃までは、普通の生活をしていたのですが、突然倒れてしまいました。            最近は足腰が弱っていたので、それで転んだのかと思ったら朦朧としていて、すぐに行きたかったのですが平塚の夜間救急病院が21時だったので時間丁度に入れる様に、病院の前で連絡を入れました。                                             幸いの事に他の患者さんは居なかったので直ぐに見てもらいましたが、チアノーゼの症状が出ていて、しかも午前1時までしか預かれないとの事でした。別の病院のリストを見せてもらって、その中で一番近くの藤沢の夜間救急に問い合わせました。                           酸素室が必要との事を伝え受け入れが大丈夫だったので、急いで行きました。他の救急患者がいた為受付に少し時間がかかったのですが、受付の人が出て来てくれて、みかんを急いで酸素室に移してくれました。                                        検査結果は肺高血圧症、肺炎の疑いで、朝まで酸素室で治療をするとの事でしたが、朝には閉まるので、日中やってる病院を探してくれとの事でした。                         それと急変した時の対応を聞かれ、もう18歳の超高齢なので人工呼吸器などの処置はしない旨を伝え、午前6時前に迎えに行く予定でした。                                          私とかみさんは家に一時帰宅し日中やっている病院を探しましたが年末で日曜日、急な予約はなかなか無くアポなしで電話をするつもりで、仮眠をとりました。5時半頃に出発する予定で準備をしていたのですが、午前5時19分に病院から電話が来て、容態が急変したので急いで来て下さい。気持ちが焦り、どうしよう、大丈夫かな?色んな感情が入り混じって急いで向かいました。         午前5時40分頃病院に到着、急いでみかんの元に向かいました。高濃度酸素をしている、苦しそうなみかんが私達に気付き反応してくれました。先生の話では途中危なかったそうですが、何とか持ってくれたそうです。みかんが私達に会う為に頑張ってくれたんですね。先生の提案では、この後家に連れて行って家で過ごすか、薬を使って楽にしてあげる方法を選ぶ事になりました。         一旦待合室でかみさんと話し合って、ここまで頑張ってくれたみかんを楽にさせてあげよう。と決め先生に伝え、最後のみかんとのスキンシップしました。かみさんが抱っこしてみかんに頑張ったね、ありがとうね、労いの言葉をかけてくれました。私もみかんといつもしていた口ペロする為顔を近付けたら苦しいのにちゃんとペロってしてくれました。いつもの温かい舌が冷たく苦しかったと思います。その後、苦しいのにも関わらず、最後にギャンギャンと吠えてくれました。最初は何で吠えたか分からなかったのですが、後でかみさんがもしかしてりんごが迎えに来てくれたのかもしれないって言ってくれたのは、救いでした。最後は私が抱っこをして、かみさんに顔が見える様にしました。その時はにはもうかなり力が無くなっていて、悲しさで一杯になっていました。一通りの別れの挨拶をした所で先生が薬を投与する事に同意。                  すーっと力が抜けてきてそのまま、午前6時7分にみかんが私の腕の中で安らかに眠るようになくなりました。

失意のまま家に帰宅、7時頃だったので外は薄明るくなっていました。家に帰ってからはりんごクッションの上にみかんを寝かせてあげました。その後りんごの時と同じ所の火葬場にお願いして、可愛い写真と比較的よく食べていたペットフォレストのササミ巻きおいもとチータラを用意、みかんと最後の1日をゆっくり過ごしました。写真を探している時は私達のそばにみかんを連れてきて、沢山元気な写真や動画を見ている時は寂しさが少し和らぎました。あっという間に夜になり明日の予定として8時45分頃福沢動物病院に最後の挨拶、9時頃御殿の花屋でお花を購入、10時に蓮昭寺(ペットセレモニー湘南)で葬儀・火葬。

夜中にトイレに行こうとしたら、みかんが居なくなって焦りました。そしたらかみさんがベットでみかんと手を繋いで寝ているのを見て安心しました。晩年はおしっこを色々な所でしてしまったので、ベットに上がれなくしていたのをかみさんは気にしていたそうです。みかんはかみさんが大好きだったので、よくかみさんの顔の横で一緒に寝ていたのを覚えています。なので、最後にみかんと手を繋いで寝ているのを見た時は安心感でほっこりしました。

29日8時30分頃、福沢動物病院に電話で挨拶をしたいと伝え快くOKしてくれました。りんごとみかんを合わせて19年間見てくれた病院なのでどうしても感謝と最後の挨拶したかったので、お邪魔にならないようにオープン前に行きました。1名患者さんがいましたが、福沢先生と他の先生とスタッフの方が診察室で迎えてくれて、みかんの報告と今までのお礼を伝えました。私たちが号泣してると福沢先生も一緒に悲しんでくれた事が嬉しく、本当にりんごとみかんによくしてくれた先生でした。前日に買ったお土産(シャトレーゼのどら焼き)を渡せたのもよかったです。

8時50分頃に御殿の花屋でみかんを送る花束を購入しました。みかんに合う様にかみさんがチョイスしてくれて、みかんらしい可愛い花束ができました。

9時頃、時間がかなり余ったのでコンビニで飲み物を購入しようと、右折で駐車場に入ろうとしたら、対向車と歩行者がいたので停止、突然後ろから衝撃があり追突事故に遭ってしまいました。最悪、しんみりしていた事が急に現実に戻された感じで、直ぐに110番しました。対応を聞いて葬儀の予定が有るので急ぎでお願いしました。相手の所に行くと少し怯えていて、とりあえずコンビニの駐車場に入って警察の到着を待ちました。かみさんには待ち時間にコンビニで飲み物を買って来てもらってる時に警察到着。事情聴取をして到着から短時間で終わらせてくれたので、何とか予約の10時前に蓮昭寺に到着できました。みかんも最後の最後に災難だったな。

みかんはりんごクッションに寝たまま運び、葬儀の担当者に案内をしてもらいプレハブへ。みかんを祭壇の横に置いて挨拶を一通りした後、私たちは隣の待合室へ。プラン等の必要事項を記入して葬儀の準備を進めてもらってました。祭壇に飾るみかんのドアップの写真に全体の写真はないですか?って言われたのですが。祭壇用は他に持ってきて無かったのでそのまま使用。結果激カワでよかったな。準備中みかんの足形をお願いしたので担当者がみかんの右前足の毛をバリカンでカットして、紙粘土を押し当てているのですが、みかんの肉球は柔らかいので上手く型が取れず何度かやっていました。                                         式が始まり、みかんを目の前にするとやっぱり辛い。焼香をして私たちだけの最後のお別れの時間、涙が止まらず、少しでもみかんに触れていたくて、いっぱいさすってあげました。      時間になり火葬車の所までみかんを抱えて移動。お花をみかんの周りに飾ってあげて、皆んなの集合写真とみかんのおもちゃ、おやつを乗せていよいよ本当のお別れになりました。担当者がみかんをお釜にみかんを移し扉が閉まって、火が入った音がすると何とも言えない感情が出て来ました。40分程で焼き終わるとの事で、それまで待合室で待っていました。18年間の思い出と19年間のわんこ生活の振り返り、最後のみかんの頑張り等がまた涙として溢れてきます。

みかんの火葬が終わりお骨のみかんと対面しました。りんごの時よりさらに小さいお骨にびっくり。やっぱりみかんは骨になっても可愛い。一通りお骨の説明を受け、私達でみかんのお骨を骨壷に入れていきました。最後は喉仏入れて終了。祭壇に骨壷を備えて電気を消すとプロジェクターでみかんのドアップの写真が祭壇に写り虹の橋を渡っている感じの演出がとても良くほっこりしました。                                           式も終わり、車に戻る時には寂しさと、何かやり切った感があり、天気もよく清々しい気持ちでお寺を後にしました。

コルクボードを買いにラスカやららぽーとに行ったのですが良いのが無くそのまま帰宅。帰りの途中りんごとみかんのトリミングを19年間やってくれたパウに突然だったのですが挨拶に行きました。トリマーさんに事情を説明したら、一緒に泣いてくれて、お骨になったみかんにも会いたいって言ってくれて会ってくれました。みかんは皆んなに愛されていたんだなってまた涙が。

家に帰って来て部屋の静けさに寂しさを感じて更に泣いて、泣いて、泣いて目の奥が痛くなり、酸欠で頭痛。しばらくは、こんな日が続くのかな?

最後にりんごとみかんに関わって可愛がってくれた人達に感謝。                     そして家族としてうちに来てくれた りんご と みかん に感謝。              19年間楽しい時間を過ごせて、大切な思い出を沢山作れて、人生を豊かにしてくれた事に感謝。

今日で19年間のわんこ生活が終わってしまいましたが、これからは私とかみさんでりんごとみかんの分も楽しい人生にしていきます。

本当にありがとね!

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